こんにちはCoffee Waver三神です。
このファナティックブログではコーヒーの主にテクニカルな情報に重きを置いていて、マーケットやビジネス、ロジスティクスなどはCampfireのメルマガの方で連載をしています。
Coffee Fanatic三神の超Deepな・・・コーヒーワールド
今回はちょっとブログの方でも業界的な部分について書いておこうと思いました。
このままだとファナティックにはコーヒーをいじくることしか能が無い様に思われてしまうので(;・∀・)
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ここ数年で変化の著しいコーヒー業界ですが、今日は皆さんが良く耳にする(?)2つのフレーズを取り上げてみました。“さーどうぇいぶ”と“だいれくと・とれーど”です。
コーヒーに関わっていると必ずこの二つは耳に挟みますが、実際何なのだろうか・・・・・?
そうした疑問を今日はクリアにしていこうと思います!
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それではいってみよー
Third Waveとはなんぞや?
2016年のBlue Bottleの日本上陸から“Third Wave=サードウエーブ”という単語がマスコミでも見受けられるようになりました。
“第三の波。サードウエーブコーヒーがきた!!”・・・・。
“コーヒー界の黒船ブルーボトル!!”
と意味わかんない報道がされてましたが、当時のサードウエーブの紹介はこんな感じでした・・・
トレーサビリティーの明確なコーヒーを、日本の喫茶店の様に丁寧にハンドドリップで抽出する事
(;´Д`)
もうむちゃくちゃですね(汗)。
どんだけ日本にこじつけたいんだ?日本人は・・・・(; ・`д・´)。
確かにBrewed Coffee、つまりフィルターコーヒーなどは今までバッチブリューワーなどで淹れていましたが、そもそもエスプレッソ系ドリンクは、多くのコーヒーショップで以前から一杯ずつの手点てでした。
フレンチプレスでの提供もスペシャルティー系のコーヒーショップでは多かったですが、それも手点ての一つですよね?
・・・・・なんか腑に落ちませんね(;´Д`)
上記の説明だと無理がありますねー。
Blue Bottleは日本文化を取り入れたのか?
日本のメディアだと、Third Waveの引き合いに出されるのは“Blue Bottle Coffee”です。創業者のJames Freeman(ジェームス・フリーマン)氏は日本の純喫茶のファンで渋谷の茶亭 羽當を好んでいます。お店の水出しコーヒーに”Kiyoto”という名称を付けていたので日本好きなのは伺えますね。
じゃあ日本のスタイルを取り入れたのかというと、全然そんなことないです。使用しているコーヒーは浅煎りだし、投湯の仕方は全く異なるし、そもそも日本の喫茶店はスケールを使って重量計りません・・・・。
「いやそのまんまじゃなくて、スタイルを取り入れたんでしょ?」っていう方もおられるかもしれませんが、一杯ずつハンドドリップしただけで日本的と言うのはかなり無理がありませんか?それに別に日本に限らず、ケメックッス、メリタ、ゴールドフィルターの類はずいぶん前から欧米にもあります。
さらに日本に上陸する前にBlue Bottleの抽出マネージャーになったのは元バリスタ世界チャンピオンMichael Phillips(マイケル・フィリップス)氏です。彼が全ての抽出コーヒーにおける設計監修を行っているのです。
ちなみにこのMichael Phillips氏の古巣はシカゴのIntelligentsiaです。そしてアメリカでハンドドリップでの提供を開始したのもIntelligentsiaが最初です。
ファナティックが2009年にStump Townの本店に行った時にはまだプレス全盛期でハンドドリップの存在は皆無でしたね。当時はハンドドリップじゃコーヒーフレーバーがきちんと出ないと思われていました。
Intelligentsiaがハンドドリップ(Pour Over)やり始めてから急速にHario V60が世界的に流行するようになり、Stump Townとか他のコーヒーショップが追従するようになりました。ハンドドリップは作業効率が悪いので、この頃はドリップスタンドが発明され、同時抽出も発展していきましたね。
・・・・という事で日本製のドリッパーを使っているところもありますが、別に日本的な抽出をしている訳じゃありません。
実はハンドドリップが流行りだした頃、まだBlue Bottleはそれほど頭角を現しておらず、使用しているコーヒーも明確なMicorlotではありませんでしたね。ZokkaのバイヤーだったStephen Vick氏とか、バリスタチャンピオンのMichael Phillips氏とかいろんな人材を吸収して現在のような感じになりました。
なので、Blue Bottleが“Third Wave”の本丸という訳ではないのです。
・・・・では“Third Wave”とは一体なのを指しているのでしょうか?
First/Second/Thirdの潮流
最初にFirst/Second/Third Waveといった名称を用いたのは、Trish Rothgeb(トリッシュ・ロスギブ)という女性で、ロースターズギルドの“The Flamekeeper”という雑誌に2002年に寄稿したのが最初と言われています(ん?この下りスペシャルティーコーヒーの誕生と同じだな・・・)。
2002年だったらBlue Bottle創業年で、Intelligentsiaも当然ハンドドリップしてないっす。ファナティックもまだ学生でした。
彼女は近代コーヒーの潮流の歴史をざっくりと以下の様に考えたようです。
【First Wave】
コーヒーの普及の時代。全てのキッチンにコーヒーを入れるべく、マスマーケティングによる著しい消費増が発生した。利益追従型であるのが特徴で、消費者が購入しやすいような缶詰(缶コーヒーではない)など、特に包装に著しいイノベーションが生まれた時代。これによりコーヒーは主要なコモディティーの位置を確立し、さらに“最後の一滴までおいしい”、“グルメコーヒー”など、フレーバーや味覚的訴求を行うマーケティングが台頭した。
【Second Wave】
コーヒーに対して職人的、芸術的な付加価値を求めた時代。コーヒーのオリジンや焙煎が重視された。代表的なロースターはPeet‘sとStarbucksで、小さい自家焙煎から始まった両店はグローバル企業に成長した。世界的にエスプレッソドリンクが普及した時代でもあり、アラビカコーヒーの台頭とコーヒー品質その物に重きが置かれた。しかし成長にともなうブランド戦略から品質の一貫性を追求せざるを得なくなり、多様性は希薄化して均質的なものになっていった。こうした品質の画一的な風潮にあらがう形でThird Waveが誕生した。
【Third Wave】
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Rothgeb女史は明確にThird Waveについて言及していません。おそらく聴衆や読者はすでにそれなりに専門的な知識を持つプロのバリスタやロースターであったからと思われています。しかし“Third Wave時代下のバリスタ”については言及があり、そこには「数か月を掛けて、絶妙な調合を施した宝石のようなエスプレッソを生み出すべく、完璧さを追求し余計な物をそぎ落とすバリスタ」との描写があります。
彼らの専心により、「ホイップクリームやフレーバーシロップを排したコーヒーそのものを楽しむひと時がより深い意味を持つようになった」との事。
また「こうしたバリスタはいつ豆が焙煎されたか、コーヒーがどのような生産処理を経たのか、ブレンドにはどのような調合の意図があるのかの他、カッピングを通じた各風味特性を描写することができる」とあります。
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主にサービスサイドでの説明ですが、要はコーヒーの品質/成り立ち/抽出など、コーヒーに関わる全般に深い知識を有しているという事ですね。
こうした部分はWBC(World Barista Championship)のルール&レギュレーションにも同様の素養がバリスタに求められている旨の記載がありますね。
2002年にすでに“Third Wave”という言葉があったことから、そもそも日本文化の手点て云々~は相当ナンセンスな解説だという事になりますね(;・∀・)。
それでは実際にどういう潮流があったのかを確認してみたいと思います。
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Micro Roaster/Micro Lot/Micro Mill Revolution
2000年代前半は歴史的なコーヒー相場の低迷があり、かなり業界は元気がなかったです。その中でスターバックスだけはまさに1強と言う感じでした。なにせスタバが通った後には良いコーヒーは残らないと言われるほど、文字通り青田買いの状況でした。
今でいう御三家、Intelligentsia、Stump Town、Counter Cultureなんかが良いコーヒーを手に入れようと悪戦苦闘してた時期です。
日本でも、スペシャルティーコーヒーのパイオニアこと堀口さんは当時、「良いコーヒーは全てスタバに買われて手に入らなかった」と言っていましたね。
しかし年を経る度に企業規模が大きくなるのと、コーヒーの価格が上がっていくにしたがって、スターバックスの高品質コーヒーへの購買力は衰え、自家焙煎(Micro Roaster)達が高品質小規模コーヒー(Miclorot)を購入できるようニッチなスペースが生まれてきます。
コスタリカなどでは小規模の生産者がスターバックス向けにコーヒーを販売していましたが、それまでは、こうした小さいトレーサビリティーはまだ明確に把握されていませんでした。
同国で有名なHerbazu Mill(エルバス)も長年スタバに販売していましたが、そのミルや農園名を関したコーヒーとしては流通していませんでした。現在では著名な生産者達のコーヒーは“Tarrazu”あるいは“West Valley”といったような広域のカテゴリーの中に埋没していたのです(コロンビアだとNarino。グアテマラだとAntigua。インドネシアだとSumatra等・・・・・)。
IntelligentsiaやCounter Culture、日本では堀口珈琲や珈琲の味方塾グループなどのMicro Roaster達(今はもうマイクロじゃないけど)が台頭するようになってから、単一農園=Single Estate物や、小規模精選所=Micro Millなどの名称が見受けられるようになってきます。
こうした消費国の潮流を受けてかなり小さいトレーサビリティーが判別可能なっていきました。特にコスタリカで発生した小規模生産処理所(Micro Mill)の興隆を“Micro Mill Revolution”と言います。
アフリカのコーヒーでも以前は、例えばケニアでは特定の水洗所(Factory)名まではたどれませんでした。今は有名所だとTegu(テグ)とかKarogoto(カロゴト)、Kangocho(カンゴチョ)、Kagumoini(カグモイニ)などの名前を挙げることができます。
その昔、堀口さんがケニアの輸出業者であるDorman社のマネージャーであるブリジット女史に、「ファクトリーごとにトレースできるロットをオファーしてほしい」と言ったところ、「そんなこと言うのはあなたが初めてよ」と言われたと言ってましたね(なつかすぃ)。
・・・・と言うようにThird Waveの核心はこうした自家焙煎業者(Micro Roaster)がより細かいトレーサビリティーを持ち多様性のあるコーヒー(Microlot)を扱う潮流と言えます。
なので、別にアメリカ発祥でもなんでもありません。初期にはアメリカと日本で興り、北欧、ヨーロッパ、オーストラリア、アジアなど全世界的に発生したムーブメントですね。
それまでの自家焙煎には高品質な細かいロットのコーヒーを知るすべもなければ、購入する手立てもありませんでしたが、Cup of Excellenceの誕生はこうしたMicro RoasterとMirolotの生産者をつなげるビジネスマッチングの機能を果たしていきました。
(しかし物流に関しては結構大変でした。今では商社もMicrolotの輸入をしていますが当時は大変消極的でした。自家焙煎の方々はグループを形成して数量をまとめ、自分たちのリスクで輸入するしかなかったのです )
こうしたムーブメントの中で、小規模生産者は顧客需要があれば高値で付加価値を付けてコーヒーを販売することが可能になりました。作っても作っても経済的に報われることのない無間地獄に一筋の光明が差し込んだのです。
もちろん今でもまだまだ課題は山積みですが、ロースターと生産者を含めこうしたMicro Businessの活性化こそがThird Waveの神髄であるとも言えるでしょう。
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前半はこんなとこかな?
Third Waveを語る上でもう一つの重要な要素、“Direct Trade(ダイレクト・トレード)”については後編でお話しますです。
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叶うなら・・・
あなたの心にさざ波を立たせる・・・
そんな存在でありたい。
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べっぽ